この記事ではコラム的に、「今後の核融合国際競争の中で起こり得るのではないか(契約の視点で)」と思うことについてざっくばらんに、管理人の考えを書いてみたいと思います。(2025年7月14日執筆)
特に、これから核融合業界へ参入しようとする製造業の方々に知っておいて頂きたい情報を書いていきます。
なぜ、このコラムを書こうと考えたかというと、2025年6月に英国が「STEP」という核融合発電実証炉建設のプロジェクトに5年間で0.5兆円の投資を行うことを決定しました。詳しくは、以下の記事を参照してください。国際熱核融合実験炉ITERプロジェクトにも匹敵する巨額の契約が、このSTEPを皮切りに日本を含む世界の他の国でも起こり始めるでしょう。
ただ、管理人もITERプロジェクト用超伝導コイルの調達推進のため、発注先メーカーとの技術折衝の窓口を担当しましたが、契約の観点では様々なことが起こりかなり苦労しました。
また、現代は核融合の新しい時代と言えるほど、ITER契約担当時の10年程前とは状況が変わっています。何が変わったかというと、核融合を理解し参入を狙う企業の数が増え、また各国は核融合産業化を他国よりも早く推し進めるための国家戦略を立てつつあります。
従って、これからの核融合案件獲得競争は国際的に熾烈を極め、何が起こるか予想がつきません。(この核融合産業化の急速な起こりを、誰も予想できなかったように。)そこで、管理人の考えについて、備忘録的に残しておこうと思います。

とにかくまずは「フュージョンエネルギーに備えよ」を読め
宣伝にもなってはしまいますが、これから核融合業界に新規参入を狙おうとする企業の方々へ。まずは、管理人著書の「フュージョンエネルギーに備えよ」を一度読み干してください。1日10分×2週間強で読めます。

核融合の業界は、「ちょっと狙ってみるか」で案件を獲得できるほど単純ではありません。既に無数の企業戦略が飛び交い、政府や産業協議会等も絡んでいるため混沌としています。はっきり言って、「企業戦略・事業戦略」を持って臨まなければ、参入しても国際競争の中で息の長い事業とすることは難しいでしょう。
ですが、「フュージョンエネルギーに備えよ」の中で最低限のそれらの情報を整理しています。まずは市場獲得競争のフィールドの環境について知って下さい。


世界の優良企業をいち早く押さえることが英国の狙いか
さて、冒頭でSTEPプロジェクトに巨額の英国予算が付くことを紹介しました。世界で約50以上の核融合スタートアップ、つまり民間企業が独自の事業や核融合炉関連プロジェクトを進める中で、STEPは政府系の巨額プロジェクトであるという点で核融合業界を驚かせました。
特に、政府系の核融合発電炉建設プロジェクトというのは、英国以外の国はまだ、予算が固まるところまでは進んでいません。すなわち英国が世界で一番最初だったのです。
私がこの「STEPに巨額予算が付く」というニュースを見たときに思ったのは、英国の戦略は「世界の優良企業をいち早く参入させ、確保することが狙いだったのではないか」ということです。
核融合炉のような巨額プロジェクトは、多くの「人」と「場所」を要する
なぜ、上記のような狙いがあると思ったのか。それは筆者が以前、ITERプロジェクト関係の業務の中で、トロイダル磁場用超伝導コイル(TFコイル)という巨大構造物の調達活動に携わり、メーカーやプロジェクトの作業進捗状況を管理していた経験に基づく考えです。
TFコイルは、最も幅がある部分で15mほどの大きさ・数百トンの重さがある大型構造物でした。そのようなほぼ一品ものの巨大・超重量構造物を、高精度かつ高品質で製造できる企業は世界でも限られていきます。それは複雑な設計計算ができる優秀な設計部隊に加え、大型クレーンや溶接士・検査員など、必要な設備や人員を有する大手の重工メーカーらです。その重工メーカーらが契約を取りにいこうとすると、工場のスペースを空ける or 工場を新設しなければならず、さらに核融合のプロジェクトに例えば数百人以上(営業窓口等の事務方・設計・現場作業員・品質管理など)の人員を数年に亘ってアサインする必要があります。その企業が他の案件で忙しい場合もあるため、いつでも参入してきてくれるわけではないのです。
そのため、STEPのように大きなプロジェクトがもし他の国でも動き出すとなると、既に他のプロジェクトで手いっぱいの企業は参入できなくなっていきます。すると、参入できる大手の重工メーカーはどんどん限られていきます。そうなれば、今度は参入チャンスは中小のメーカーに回ってくるわけです。ですが、プロジェクトの管理や機器製作契約を発注する政府関連法人側からすると(私も過去同じ立場にいましたが)、核融合関連機器の製作経験がない企業が参入してくるのは不安です。
核融合炉は特殊な部材や機器・作業も必要とする
「どの企業も大型契約は欲しいし、機械加工や組み立てくらいできる企業なんて世の中にたくさんあるでしょう」と思われる方もいるかもしれません。ですが、核融合炉には特殊な機器や作業を要する部分もあります。例えば、高温超伝導線材。米国の核融合スタートアップCommonwealth Fusion Systems社や、英国の核融合スタートアップTokamak Energyといった、投資資金獲得額が世界トップクラスにある核融合スタートアップの高温超伝導線材の需要は、ほとんど日本の企業:フジクラ・古河電工・Faraday Factory Japanらが一手に引き受けています。おそらく、日本企業の高温超伝導線材の品質が高いためでしょう。修理の利かない、製作に失敗できない核融合炉用超伝導コイルを、高い品質の部材を用いて製作したいと思うのは当然です。そこで、米国や英国の企業は、いち早くこれらの企業から超伝導線材を買い占めたのだと思います。供給不足の懸念を払拭するために。このように、細かい特殊パーツまでブレークダウンしていけば、優良企業を早期に確保しなかったために、プロジェクトが先に進めなくなることは十分あり得るのです。
上記のような理由から、英国がSTEPプロジェクトに早々に予算を付けたのは、世界の優良企業を早々に確保する狙いがあったかもしれないと思ったわけです。
英国の産業を早期に成長させる狙いも
もちろんSTEPには、英国が自国の産業を早期に成長させる狙いもあるでしょう。国内の核融合産業が他国よりも早く成熟すれば、他国のプロジェクトに参入していくことができます。
他国よりもいち早くSTEPプロジェクトを立ち上げ進めていくことで、上手くいけば英国を「核融合産業国家」としてブランディングすることができます。
英国の狙い通りいくか?他国のSTEPへの参入可能性は?
私の印象では、STEPプロジェクトにおいては、英国は他国企業の参入や技術の採用を拒んでおらず、むしろどんどん使っているように見えます。英国にとっては自国産業の育成も重要ですが、「世界最速で」このSTEPという核融合発電炉の政府系プロジェクトを完成させることが重要なのだと思います。二番煎じになってしまっては価値が薄い、そのためにも世界の技術を集約する、といったところではないでしょうか。
上記のため、英国内の企業に限らず、他国の企業も参入機会を伺うでしょう。管理人としても、STEPには日本企業にも参入してもらって、国際プロジェクトへの参加・核融合関連機器の製造経験を積んで頂きたいと思っています。
人件費が安い国が有利な可能性も
ただし、英国が思い描いたとおりに、参入する企業が決まらない可能性もあります。例えば人件費や材料費等が他国より圧倒的に低い国の企業が、契約を取り付けていく可能性もあるということです。
英国にとって怖い状況となるのは、そういった国の企業に、主要な機器製作の契約の大半を任せざるを得なくなったときでしょう。「安かろう、悪かろう」とはよく言いますが、大型の製品でもそれはあり得る話です。安い見積りの中には、実は仕様書にあったはずの品質保証のための検査工程の検討が抜けていたなんてことはよくあります。ある主要機器の製作でトラブルがあり遅延すれば、核融合炉建設プロジェクト全体の遅延をも引き起こしかねません。
ただ、そうは言っても安く造ってくれる企業にまずは頼みたいというのが、政府系プロジェクトによくみられる傾向です。
国際参入競争の中で勝ち抜くためには
上記のようなこともあり得るため、日本の企業が国際競争の中で契約を取り成長機会を得るためには、最初のうちは利益率が低くても安い見積を出し、兎にも角にもまずは案件形成をするようといったことをやっていかなければならないかもしれません。
実際に日本が調達を担当したITER用の超伝導コイルやケーブルの製作でも、一般競争入札の勝負の中で、他国企業が参入し契約を勝ち取ったケースはありました。(おそらくITER関連論文や資料などを注意深く読んでいけば、企業名は分かるでしょう。)そういった企業の多くは、まずは案件形成をすることを重視し、2回目以降の同種の機器製作契約から利益を上げていくことを考えています。

日本の政府系核融合炉プロジェクトで、今後起こることは
さて、日本でも現在「JA DEMO」という、政府主導の核融合発電実証炉の建設プロジェクトが計画段階にあります。これは、政府が2025年6月に改訂した核融合国家戦略の中で目標に掲げている「2030年代の核融合発電実証」を達成するために検討がなされているプロジェクトです。(以下のリンクを参照)

まだ、設計が固まり予算が付いているわけではありませんが、この政府系プロジェクトに予算がついた場合は、国際的な参入競争が起こると見て間違いないでしょう。その際には、上記の英国STEPプロジェクトで懸念されることと同じことを、日本の政府・政府系国立法人も注意する必要が出てきます。
管理人がもし政府側契約担当者なら…
上記の懸念から、「もし管理人が政府側の(JA DEMOのようなプロジェクトの)契約担当者なら」と考えたときに、仕様書に盛り込む要件の一例を紹介したいと思います。契約履行のために十分かつ適切な技術レベルを持つ企業に参入してもらうための要件です。メーカーの方々の何か参考になれば幸いです。
技術レベルの証明
入札に来た企業に、核融合炉用の大型機器を建設する能力があることを証明する「実績」の提示を求めるでしょう。また、受注後に製作をどこで行うのか、工場の「場所」や「保有設備」に関する情報の開示を求めるかもしれません。
品質保証体制の確認
核融合炉は少なくとも20~30年の運用を想定しますので、パイプ1本取っても品質の担保が命です。そこで受注しようとする企業には、適切な品質保証体制の整備を求めるでしょう。
ISO 9001の取得も、担当者の気持ちとしては推奨したいところです。
また、実際の製作の中で機器仕様への不適合が見つかった場合は、その都度現品に対する対策の検討とその根拠の提示、今後の是正処置等について、説明を求めるようにするのではないかと思います。
下請企業の管理
品質保証に関しては、下請企業に対しても同じように要求するか、もしくは元請企業による下請企業の管理を要求すると思います。
日本の法律への対応
日本国内のプロジェクトの場合は、日本の法令に準拠した機器の設計・製作を求めることになると思います。例えば、建築基準法や高圧ガス保安法、その他電気関係の法律などです。
また、労働基準法や労働安全衛生法など、作業員の安全への配慮も、契約によっては求めるかもしれません。
国際規格・国内規格への対応
国際規格(IECやISO等)あるいは国内規格(JIS等)が存在する材料や部材に対しては、独自スペックや安価な部材ではなく、規格品の使用を求めると思います。
納期は少しタイトに
核融合炉のように、様々な機器・パーツを組み上げて完成させるものは、1つのパーツの完成遅延が全体の工程をも遅らせかねません。そのため、各パーツの完成には余裕を持ちたいと考え、納期はメーカーが考える以上にタイトに設定するかもしれません。
(正直なところ、海外からの船便での輸入のように、天候で輸送工程が左右されたり税関のような煩雑な手続きが発生するものは、プロジェクトを管理する担当者としては厄介だなと思ったりします。)
製作への立会許可
機器製作の中で、クリティカルな製作工程に対しては、製作現場での作業への立会を求めると思います。工場の中を見せることにあまり慣れていないメーカーがあれば、立会の要求には驚くかもしれません。
また、これは下請企業の作業工程に対しても要求することがあると思いますので、その点注意が必要です。
瑕疵担保責任
納入されたパーツに欠陥や不具合、仕様からの逸脱があった場合に、何かしらの対応を取るものです。
契約担当者としては、格安で応札した企業が、本契約後に身勝手に投げ出さないようにするためにも、このような条項を設けると思います。これにより、通常は検討・見積があまい企業の参入を避けることができます。
終わりに
最後に、本記事は、あくまでも個人の見解や考えをまとめたものであるということだけ、留意してください。
核融合炉に関しては、国際的な企業間競争であると同時に、国と国との競争でもあります。大型プロジェクトの遅延は、その国のエネルギー安全保障を脅かしかねません。
悪意を持って参入する企業・検討や見積りが非常に甘い企業・特許などで訴訟を起こしそうな国や企業など、想定外の企業が参入することもあるかもしれないですし、なるべくそういった企業を避けるためにも、おそらく核融合関係の契約書の内容は厳しく難しいものとなるでしょう。
これから核融合産業に参入しようと思う企業の方々には、上記のようになるであろうことを「心構え」として知っておいて頂きたいと思い、ざっくばらんにこの記事を書きました。
朗報もあり
この記事では留意点や後ろ向きなことを中心に書いてしまいましたが、朗報もあります。
2025年7月現在、STEPやJA DEMOなどの政府系プロジェクトに加え、スタートアップ企業でも様々なトカマク型核融合炉の建設プロジェクトが世界で起こりつつあります(米国のCFSのARC・日本のスターライトエンジンのFAST等)。加えて、トカマク型だけではなく、ヘリカル型や直線型と呼ばれる磁場閉じ込め方式の装置、そしてレーザー核融合方式の装置を建設しようとするスタートアップ企業も、資金調達により巨額の投資を獲得しています。
核融合業界全体に大きな資金が流入し続けており、メーカーにとってはビジネスチャンスとなるでしょう。
さらに言えば、基本的には球状トカマク型であるSTEPは、JA DEMOやARC、FAST、そしてITERといった一般的なトカマク型と基本構造は同じですので、一般的にトカマク型に必要とされる機器(例えば真空容器・加熱装置類・ブランケットなど)はSTEPにも必要になります。また、JA DEMOでも他の核融合炉でも、同じような機器の製作をすることになるでしょう。核融合炉は既に、世界的に見ても需要が量産品化してきていると言えます。(現在はR&D・検討段階の企業が多いですが。)
また、日本政府からの核融合産業参入への国内企業支援策などは今後出てくるのではないかと思われます。
日本のメーカーの方々は是非、この参入チャンスを上手く活用していってください。
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