国際競争で負けない核融合産業化戦略を…「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」が改定
2025年6月4日に、日本政府は核融合国家戦略である「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を改定しました(改定第1版)。この記事では、その改定の内容について、ポイントを解説します。
元々、核融合国家戦略は2025年の夏までに改定を目指して、昨年度より内閣府の有識者会議で議論が進められてきました。予定通り、その改定が行われた形となります。
この議論は、高市早苗前科学技術政策担当大臣の意向を引き継ぎ、石破内閣の発足後は城内実大臣が牽引してきました。

フュージョンエネルギー・イノベーション戦略(改定第1版)の掲載場所
日本の核融合国家戦略である「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」の、今回の改定第1版は、以下の内閣府ホームページに掲載。核融合戦略のPDF版をダウンロードすることが可能です。
この戦略の本文と合わせて、参考資料も掲載されています。



そもそもなぜ核融合国家戦略が必要?

今回の改定第1版の元となる、日本の歴史上初の核融合国家戦略は、2023年4月に高市早苗大臣の尽力の下で策定されました。(詳細は、以下のリンク先の記事を)
「核融合国家戦略」について馴染みのない方はご存知ないかもしれませんが、2年前となるこの頃から既に、核融合発電の実現に加えて産業化・市場獲得競争が世界的に起こっていたのです。
核融合発電の産業化の動き
核融合発電は、2025年6月の現在時点ではまだ世界のどこでも実現がなされていません。ですが、研究開発の成熟はある程度のレベルに達しています。また、実現すれば現代における様々な世界のエネルギー問題(:二酸化炭素の排出量の削減やエネルギー安全保障等)を解決する可能性が高い「夢のエネルギー」と言われてきました。
そして2020年代に入り、エネルギーを取り巻く様々な国際情勢の動きに応じるように、世界では数十もの核融合スタートアップが登場。そして大物投資家やベンチャーキャピタル、大企業による巨額投資が行われるようになりました。上記の状況から、核融合発電は実現を待たずして、先進国では「輸出産業化を狙える技術」と捉えられています。
これまでは世界的にも、各国の研究機関や大学、つまり官学が中心となって核融合発電の研究開発を進めてきました。しかし、いずれはその成果を民間に還元し、民間企業が核融合発電を産業化して経済を回す必要がありました。その産業化の動きが、世界の予想よりもはるかに早く、この2020年代初頭に起こったのです。
この産業化の動きを国として上手く波に乗せることができれば、今後核融合発電が実現して世界に普及した時に、国として大きな利益を得ることができます。そのため、核融合の産業化は、政府が国策を掲げて民間企業をサポートしながら推し進める必要があるのです。
管理人著書「フュージョンエネルギーに備えよ」がオススメ
昨今の核融合に関する動きは目まぐるしく、日本では核融合発電のことをフュージョンエネルギーと呼ぶようになるなど、これまでの経緯をたった数行の文章で説明するのは到底困難です。そこで、さらに深く知りたいという方は、当サイト管理人の著書である「フュージョンエネルギーに備えよ」を一読ください。昨年2024年度に電気新聞で隔週連載したものをまとめた本で、核融合発電の技術や産業化が始まるまでの経緯を分かりやすくまとめています。(当サイト及びAmazonで電子書籍として販売中。)

フュージョンエネルギー・イノベーション戦略 改定のポイント
先ほども紹介しましたが、「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を、2023年4月に日本で初めて策定した際の内容解説は以下の記事にあります。
また、それ以降の動きについては以下の記事を参考としてください。

この記事では、ポイントとなる今回の戦略改定箇所について解説したいと思います。
戦略改定箇所が赤字で記載された資料について

この戦略の改定箇所が赤字で明記された資料が、2025年5月30日に開催された、上の核融合戦略有識者会議の資料として掲載されています。(上の図の右側。)
この資料の赤字部分を参照して、今回の改定のポイントを確認します。
2030年代の核融合発電実証を明記
国としてのコミットメントを明確にする観点から、世界に先駆けた2030 年代の発電実証の達成に向けて、必要な官民の取組を含めた工程表を作成する。
原型炉計画や国内スタートアップによる発電実証計画の技術成熟度を客観的・横断的に評価しつつ、社会実装に繋がる科学的・技術的に意義のある発電実証を目指し、令和7年度中にバックキャストに基づくロードマップを策定する。
「原型炉開発に向けたアクションプラン」に基づき、QST を中心としつつ、大学や民間企業等の更なる参画を促すための仕組みを導入する。工学設計や実規模技術開発など、原型炉開発を見据えた研究開発を推進する。
社会実装・ビジネス化促進策検討のタスクフォースを内閣府に設置
フュージョンエネルギーの社会実装に向けては、現状の技術成熟度の評価に加え、技術開発から事業化に至るまでのビジネスモデル、原型炉やパイロットプラントをはじめとする将来のフュージョン装置のコストやファイナンス、円滑な技術移転を進めるための方策、サイト選定の進め方、実施主体の在り方、社会実装に繋がる発電実証の定義、安全確保に向けた取組等について検討する必要がある。
そのため、内閣府にタスクフォースを設置し、関係省庁の協力を得ながら、フュージョンエネルギーの社会実装を目指すに当たって考慮すべき課題について検討する。産業の予見性を高める観点から、諸外国や異なる技術分野の状況も参考に令和7 年度中の取りまとめを目指す。
多様な核融合方式の挑戦を促進
原型炉開発と並行し、トカマク型、ヘリカル型、レーザー型等、多様な方式の挑戦を促す。
革新的な要素技術やフュージョン装置の設計・開発等を促進
小型化・高度化等をはじめとする独創的な新興技術の支援策を強化するなど、未来社会像からのバックキャストによる挑戦的な研究開発を推進。
科学的に合理的で国際協調した安全確保の検討
フュージョン装置の安全規制の検討に向けて、その前提となる指針として、「フュージョンエネルギーの実現に向けた安全確保の基本的考え方」を令和6 年度に策定した。これに基づき、政府と事業主体等が継続的に情報共有・対話を行う場を整備し、議論の情報共有・透明性を確保しつつ、関係者間の積極的な協働を促進する。
将来のフュージョン装置に関して、サイト選定、建設、運転のための許認可手続きを含め、明確な規制・安全確保の体系の早期検討が不可欠である。科学的に合理的で国際協調した安全確保を検討する。
J-Fusionとの連携強化
将来的なフュージョン産業エコシステムの基盤の構築に向け、J-Fusionをはじめとした産業界や官民の関係機関と連携し、スタートアップの成長支援、戦略的な国際標準化、グローバルな知財対応、ビジネスの創出、投資の促進等、産業競争力の強化に向けた取組を推進する。
国際標準化の取組強化
国際市場における新市場の創出やビジネスの促進に向けて、「新たな国際標準戦略」における重要領域にフュージョンエネルギーを位置付ける。同戦略に基づき、J-Fusionや関連学会等とも連携し、国際標準化に対する官民の取組を推進する。
国立研究開発法人の資金供給機能を強化
NEDO、JST、QST等の資金供給機能の強化について検討する。その際、技術成熟度の高まりやマイルストーンの達成状況に応じた意欲ある民間企業に対する支援の在り方も検討する。
併せて、民間投資・融資を呼び込む施策を検討する。
内閣府が政府の司令塔となり、関係省庁と一丸となり戦略推進
内閣府(科学技術・イノベーション推進事務局)が政府の司令塔となり、外務省、文部科学省、経済産業省、環境省をはじめとする関係省庁を横断した推進体制を構築。
核融合発電に関する国民理解の深化
社会的受容性を高めながらフュージョンエネルギーの実用化を進めていくため、アウトリーチヘッドクォーターの体制を強化する。核融合科学研究所(NIFS) を中核機関として、J-Fusion や関連学会等とも連携し、リスクコミュニケーション等によるフュージョンエネルギーへの国民理解を深める活動を推進する。
また、フュージョンエネルギーに携わる人材を戦略的に育成するため、大学間連携・国際連携による体系的な人材育成システムも構築していく。

終わりに
今回のフュージョンエネルギーイノベーション戦略の改定により、フュージョンエネルギーの産業化に対する日本政府によるコミットメントがより明確になりました。これは今後、フュージョンエネルギー市場へ参入する民間企業にとっては吉報でしょう。
引き続き、フュージョンエネルギー産業の動向について、核融合の先生でも注視していきます。
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