この記事では、「トリチウム(三重水素とも呼ばれる)」について解説します。核融合の燃料の1つとして使われるトリチウム。ですが最近では、福島原発のALPS処理水にごく少量含まれているということで話題となっています。
トリチウムは、放射線を出す物質で、福島のALPS処理水から取り除くことが困難だと言われています。
そもそも、トリチウムって何?このトリチウムが出す放射線の強さは?健康への影響は?などについて、今回は核融合というより福島の処理水の視点から解説します。
なお、今回の記事を読む前に、放射線に関する前回及び前々回の記事を読んで頂ければと思います。放射線を出す物質であるトリチウムのことを、より分かりやすくなります。以下のリンク先から是非どうぞ。
トリチウムとは?
トリチウムは、三重水素(さんじゅうすいそ)とも言われます。
水素は普通、陽子が1個、電子が1個からできていますが、それに中性子1個が加わったものを重水素、中性子が2個加わったものを三重水素、つまりトリチウムと言います。重水素も三重水素も、同じ「水素」の仲間ですが、微妙に性質が違います。特に、三重水素には放射線を出す性質があります。
また、トリチウムは、人工的に作らない限りは、自然界にはほとんど存在しない超希少物質です。どれくらい希少かと言うと、宝くじの1等を2回当てる人よりもさらに低い割合でしか存在しないのです。
トリチウムの放射線
トリチウムが出す放射線は、ベータ線と言って、弱い電子の放射線を発生します。
トリチウムは不安定な原子の状態で、放っておくと、少しずつ放射線(ベータ線)を発生して、別の物質に変わります。少しずつと言うのは、例えば1000個のトリチウム原子があったとして、その半分の500個が放射線を出し終えるのにかかる期間がおよそ12年という時間感覚です。
トリチウムは、ベータ線を1発出した後は、ヘリウム3という物質に変化します。1個のトリチウムに付き、放射線は生涯1発だけ打つことができると覚えてください。
このように、トリチウムのような不安定な原子が、放っておくと勝手に放射線を出して、別の物質に変わることを、放射性崩壊といいます。
トリチウムと水
トリチウムは、水に紛れて存在しています。
私達がいつも使う「水」の分子は、H:水素原子2個とO:酸素原子1個からできているH2Oです。
一方、トリチウムが混入している水というのは、水分子の水素原子2個のうち1個が、トリチウム原子に置き換わっていもの:HTOが混入しているということです。そして、放射線を出す水「トリチウムスイ」の状態になっているのです。
水からトリチウムを除去することはなぜ難しい?
水からトリチウムを除去することは、なぜ難しいのでしょうか。
例えば水の中に、水とは違う「異物」が混入していた場合は、水分子と異物との粒子の粒の大きさの違いを利用し、フィルターなどを使ってろ過して取り除くことができます。福島原発のALPS:Advanced Liquid Processing Systemと呼ばれる装置では、多段階のプロセスで、汚染された水から放射性物質のような異物を取り除くことを行っています。
しかし、水の中からトリチウムを取り除くというのは、水の中からトリチウム水の分子を分ける作業になります。つまり、「水の中から水を分ける」作業のため、フィルターなどは役に立ちません。
水の中からトリチウムを取り除く技術はあるか
では、水の中からトリチウムを取り除く方法はないのでしょうか?いいえ、そういった技術は存在はします。例えば、
- 電気分解や触媒・水の蒸発を挟んだ多段階プロセスで、少しずつトリチウム水を濃縮して分離する技術
- 核融合炉では水素・重水素・トリチウムをガス化して約-250℃という極低温で、沸騰温度の違いを利用して、お酒のように「蒸留」を行い分離する方法が検討されています
しかしながら、どちらもトリチウムを濃縮、つまり段々とトリチウムの濃さを濃くしてから分離する技術です。そのため、福島の処理水のように元々非常にトリチウム濃度が薄い状態では、そういった技術を適用しても期待する程分離できないと言われています。
そのため、ALPS処理水には、こういったトリチウム分離技術は使われておらず、トリチウムが含まれています。
福島の処理水のトリチウム量
では、福島のALPS装置で処理した水:ALPS処理水の中にはどれだけのトリチウムが含まれているのか。公開されているデータでは、総量で860兆Bq(ベクレル)のトリチウムが存在していると言われています。上の図の、ちょうど右下「貯蔵されているトリチウム総量」というところに書かれています。
ベクレルとは、放射線を銃の弾に例えるなら、1秒間に出る放射線の弾数(たまかず)のことを指します。福島原発のALPS処理水に含まれるトリチウム全体で、1秒間に860兆発のベータ線を出しているということです。
それでは、この放射線の量は、健康にどのように影響すると言われているでしょうか。
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トリチウム放射線の健康影響
放射線の健康への影響は、Svと書いて「シーベルト」という単位で測られます。放射線の単位については、1つ前の記事:放射線から身を守る方法と、放射線の単位[Q&A-20]でも解説しています。
そもそも日本人は、年間で約2ミリシーベルトの放射線を、宇宙や大地・食べ物から受けていると言われています。(ミリシーベルトはシーベルトの1/1000です。)
そして、おおよそ100ミリシーベルトを超える放射線を浴びる(被ばくする)と、遺伝子異常やガン、臓器の損傷などが起こりやすくなると言われています。ただし、この100ミリシーベルトの放射線を一度に浴びるのか長い時間かけて浴びるかによっても影響が違います。一般的には、一度に浴びる方が危ないと言われています。
トリチウムの健康への影響は、マウスを使った実験などによって研究・調査されています。
トリチウム1ベクレル、つまりトリチウム原子1個から1発だけ放たれるベータ線の健康影響は、0.000000018 ミリシーベルトと言われています。
このように、トリチウム原子1個から1発だけ出る放射線は、危険レベルである100 ミリシーベルトと比べるととても弱いので、あとは、受ける放射線の弾数、つまりベクレルで考えたときにどれだけ多いかが問題です。
福島原発のALPS処理水の健康影響を考えてみる
では、先ほど福島原発のALPS処理水全体に含まれるという860兆ベクレルの放射線を、もし1人の人がまとめて一気に受けたと極端に考えてみます。福島のタンクに貯められているALPS処理水の総量は、125万トンです。この125万トンの中に含まれる、860兆ベクレルのベータ線を1人の人が一気に受けた時の健康影響はどの程度になるでしょうか。計算してみます。
福島のALPS処理水「全体」での放射線の影響
計算は、厳密で正しいやり方ではないですが、単純化して考えます。福島のALPS処理水全体で何ミリシーベルトになるかというと、860兆ベクレルに、先ほどのトリチウム1ベクレルあたりの放射線の健康影響の値、0.000000018ミリシーベルトをかけると、15,480,000 mSv:ミリシーベルトとなります。これは、危険レベルである100 mSvを大きく超えているので、1秒間受けただけでも健康に影響が出る値となります。
福島のALPS処理水「1リットル当たり」での放射線の影響
一方、福島のタンクに貯められているALPS処理水の総量は、125万トンです。水1トンは1,000リットルなので、 1,250,000,000リットルになります。
そこで、ALPS処理水1リットル当たりの放射線健康影響を考えてみましょう。先ほど計算で出した、タンク全体で15,480,000ミリシーベルトを、1,250,000,000リットル で割ります。
すると、ALPS処理水1リットル当たりのトリチウムの放射線影響は 0.012ミリシーベルトとなります。
この値ですと、危険ラインである100ミリシーベルトと比べて1万分の1程度に小さいということになります。
ALPS処理水は、さらに薄めて海に出す
なお、福島ではこのトリチウムを含んだALPS処理水を、さらに水を混ぜて薄めてから海に放出しています。
どのくらい薄めているかというと、海に放出するトリチウム濃度が、規制基準よりさらに低い1,500ベクレル/リットル 未満になるようにするとしています。
これを先ほどと同じような単純計算でシーベルトに換えてみます。
1,500 × 0,000,000,018 = 0.000027 ミリシーベルト(1リットル当たり)となります。危険ラインの100ミリシーベルトと比べると、その100万分の1よりも、健康影響が小さくなるように薄めているということです。
今回は単純な考え方を基にしましたが、東電・及び日本政府が、薄めたALPS処理水の海洋放出を問題なしとしているのは、このようにトリチウムの健康への影響を十分小さくしているということが根拠になっているようです。
トリチウムは体に残るか
なお、もしトリチウム水を体内に取り込むとどうなるかというと、その95%程度は10日程度で、尿・汗・呼吸などによって排出されると言われています。
また、残りの5%分だけは、40日あるいは一年で排出される長期成分となると言われていますが、いずれにしても体内には残り続けないと言われています。
終わりに
この記事を書くに当たって参考にした文献:
「トリチウムの生体への影響と低線量放射線影響研究の課題」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jniph/70/2/70_160/_article/-char/ja/
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