【企業・投資家向け】 核融合は「特需」を生む~トカマクエナジー社と古河電工の例に
この記事では、核融合プロジェクトが、特定の工業分野に特需を生んだ例について紹介します。核融合と特需の関係が分かれば、投資のための情報として役立つでしょう。
この記事でお伝えしたいのは、核融合プロジェクトが1つ動くと、ある特定の工業分野・工業製品において市場が活性化し、さらには量産効果による価格低下が起こることもある。つまり核融合のプロジェクトは、市場に対してインパクトがあるということです。
従って、世界の大型核融合プロジェクトの新規立上や進捗状況について把握しておくことで、それらの核融合実験装置に使用される物質や物量・どの工業分野の市場が活性化するかを、予測することができるようにもなります。
※ 下記ボタンをクリック後に、「Enter as a Visitor」を選択して進んでください。
トカマクエナジー社と古河電気工業によるプレスリリース
2023年1月12日、この2社から、核融合に関するプレスリリースがなされました。内容は、「先進核融合原型炉・ST80-HTSで用いる高温超伝導(HTS)線材の供給に関し、サインを取り交わしたと」いうもの。
トカマクエナジー社とは
トカマクエナジー社は、2009年に設立された、イギリスの核融合ベンチャー企業。
「球状トカマク」という非常にスリムでコンパクトなトカマク型核融合炉を、高温超伝導線材と呼ばれる特殊な材料を用いることで実現を目指しています。
トカマクエナジー社は、世界の核融合ベンチャーでも初めて1億度のプラズマ生成に成功しており、高い技術レベルを持った企業です。
高温超伝導線材とは
高温超伝導線材は、記事:Q&A-5 トカマク型核融合炉 でも紹介している、ドーナツ状プラズマの周囲に配置するコイルの、銅線の代わりに使われます。
高温超伝導線材を核融合炉に使うことは、技術的に乗り越えなければならない要素が多数あります。しかし、これを実現できれば、今までにない強力な磁場で核融合プラズマをコントロールできるようになるので、ITERのような巨大な炉を作らずとも、小型のプラントで核融合炉を建設できる可能性があるのです。
今回のニュースのポイント
トカマクエナジー社の概要や、これまでの成果については別の記事で紹介したいと思いますが、今回のプレスリリースでは、「核融合炉の建設に必要な数百キロメートルに及ぶ量の高温超伝導線材を、これから数年にわたり、英国・オクスフォードのトカマクエナジー社へ供給します。」とあります。
つまり、古河電気工業の高温超伝導線材の品質が認められ、大量の高温超伝導線材の受注を獲得したということです。
核融合炉は「金属のるつぼ」…特殊部品や希少金属が大量に投入される
核融合炉は、「地球上に小さな太陽を作る」発電プラント。太陽という巨大なエネルギーを持ったものを、地球上で作ろうというわけです。その巨大なエネルギーに耐え、また制御するために、核融合炉には高い技術力により製造された部品が多数使われます。今回のニュースで取り上げられた、「高温超伝導線材」と呼ばれるものも、そのうちの1つです。
また、その部品の原材料となる希少金属も、従って多数必要になります。核融合炉は、放射線・超々高温~極低温・高磁場・大電流・高機械強度という、非常にストレスフルな環境に置かれます。それらに耐えうる選び抜かれた金属材料が、核融合炉に必要であると、現在の技術レベルでは言われています。
言い換えれば、核融合炉はいわゆる「金属のるつぼ」。見方を変えると、大型核融合炉1基の建設プロジェクトが決まると、希少金属や高機能性材料を中心とする業界が一気に動くのです。「核融合特需」とも言えるでしょう。今回の古河電気工業のニュースは、まさにその良例です。
実はITERでも、同じような特需が起こっていた
実は、現在建設中の国際核融合実験炉ITERに使われている超伝導線材でも、同じような「特需」が起こっていました。
ITERに使用されている超伝導線材の大半には、「Nb3Sn」(ニオブさんスズ)と呼ばれる金属化合物が使われています。これは、文字どおり、Nb(ニオブ)とSn(スズ)という2種類の金属から成る化合物です。
ITERがまだ設計段階当時、ITERの運転条件下で使用できる超伝導材料ということで、このNb3Snが選定されました。ただ、これをITER用の巨大な超伝導コイルという形にできるかどうかは、研究開発を進めてみなければわかりませんでした。そこで、ITERプロジェクトに参加する主要国のうちの6極:中国・欧州・日本・韓国・ロシア・米国の供給業者によって、ITER用Nb3Sn超伝導素線の製造が、2009年から始まりました。
このR&D(研究開発)の段階から、ITER実機に使用されるNb3Sn超伝導素線の大量製造へと10年以上も製造が続いていきましたが、この間に年間の製造量が100トンを超えた年もあったようです。一方、ITER用の製作が始まる前は、年間の推定生産量は、最大15トンであったとのこと。約7倍という劇的な生産増加により、量産効果による価格低下も起こりました。
まさに、超伝導素線メーカーにとっては、「ITERプロジェクト特需」であったと言えるでしょう。
現在、核融合のプロジェクトは世界でもこれだけ動いている
現在の世界的な核融合プロジェクトの動きを、国際原子力機関IAEAが上の図のようにまとめています。
英語で分かりづらいですが、Exp.→実験炉(ITERに近い)、Plannedは現在計画中、Under Constructionが現在建設中、Operatingは既に実験が行われている核融合実験装置です。世界での核融合の動きが、このグラフ1枚に集約されていると理解できます。
特に着目すべきは、横棒グラフ図の真ん中にある、「Exp / Under Construction(現在建設中の核融合実験炉)」のところ。2022年において、Tokamaks(トカマク型)が7基、そして Altern. Concept(代わりとなる核融合実験炉コンセプト)が5基も、建設中の状況にあるということです。
大小規模は様々あるとは思いますが、各国の公共(Public)研究機関・大学・またはプライベートカンパニー(Private)が、今も核融合炉の建設を進めていることがわかります。
さらには、グラフの最上部に「DEMO」とありますが、これは「原型炉」と呼ばれ、核融合で発電までできることを実証する炉です。ITERの実験結果を待たずして、原型炉の検討が世界的にこれだけ行われているということ。政治的な背景も後押しすれば(どの国が最初に原型炉を建設するかという競争)、今後、世界各国で原型炉建設ラッシュが起こることも期待できます。
Here’s a 🎇New Year’s present:
— IAEA NA (@IAEANA) December 28, 2022
📘World Survey of Fusion Devices 2022
details 130+ fusion devices
☀️w experimental & demonstration designs
☀️under operation, construction, planning
☀️w technical data & country statistics
(from @IAEAorg FusDIS database)https://t.co/DyIx4NreKN pic.twitter.com/SijbSTwiPZ
核融合炉は原子力発電所…高品質が企業に求められる
記事:Q&A-6 今ある原発(核分裂)と核融合の違いは? でも紹介していますが、核融合発電所もまた原子力エネルギーを利用し、また低レベルの放射性物質を扱うため、原子力発電所に分類されます。日本は2011年に福島の事故を経験しましたが、放射性物質が原子力発電所外に広範囲に拡散されたために、現在もなお事故の収集が付いていない状況にあります。放射性物質を所外に出してしまうということはそれだけ大事故であり、そのために原子力産業においては、原子力産業用規格に基づいて製作・検査された機器など、高品質の機器のみが使われます。
一方、世界的にも研究開発段階の核融合炉においては、機器ごとの品質に関する国際・国内規格はまだ定められていません。そのため、今後どのような企業が核融合研究開発に参入し、核融合炉用の高品質の機器を製造できるか、そして市場のイニシアティブを取るかは、予測が難しいところがあります。
ですが、次のような能力・資格を保有している会社が、核融合のプロジェクトに参入し生き残っていくと予想できます。
- 準用できる規格に従って核融合炉用の機器の製作ができるか
- ISO 9001といった品質マネジメントシステムの認証などを、その会社が受けているか。
今後、核融合投資を考えるようであれば、技術力に加えて品質管理に強みを持つ会社がよいのではないかと、筆者は考えます。
コメント