この記事では、米国発の核融合スタートアップ「Helion Energy」が2026年2月に、民間企業としては世界で初めて成功させたトリチウム使用の核融合実験について解説します。
この記事を読みに来られた皆様の多くは、核融合発電はその実現を待たずして、世界は既に産業化の国際競争の渦中にあることをご存知と思います。(まだ知らない、という方は是非、書籍『フュージョンエネルギーに備えよ』を読んで世界の状況を知ってください。)
どの国の核融合スタートアップが、あるいは政府系の研究機関が、いの一番に核融合発電を実現するのか、世界中が注目しています。
そのような中で、米国のHelion Energyという核融合スタートアップが、2026年2月に行った「トリチウムを使用して核融合反応を実際に起こす試験」に成功し、民間としては初のレベルに到達しました。まだあまりニュースでは報道されていないようなので、ここで概要を解説したいと思います。
そもそもHelion Energy社とは?

まず、Helion Energy社のことを知らない方もおられると思うので、簡単に解説します。
米国のHelion Energy社は、実は核融合発電を目指すスタートアップとしては、世界でも有名な企業の1つです。
核融合発電の中でメジャーな方式としては「磁場閉じ込め方式」と「レーザー方式」があり、前者にはさらに「トカマク型」や「ヘリカル型」といった主要なタイプがあります。
一方で、Helion Energy社が採用しているのは「磁場閉じ込め方式」の中でも「直線型」と呼ばれる、核融合の方式としてはそれほどメジャーではない型になります。しかし、近年の核融合投資活発化の恩恵もあり、この特にこの直線型においては急速な技術の進展が見受けられます。

マイクロソフトへ2028年に核融合発電電力の送電を目指す
Helion Energy社は、世界初の核融合発電の実現が有力視されている企業の1つです。
これまで、6世代(つまり6種類)の直線型実験装置により実験を繰り返し、実験データを蓄積してきた経緯があります。
それらの成果が認められ、投資資金も順調に調達してきています。
Helion社が 4 億 2,500 万ドル(約660億円)のシリーズ F 資金調達を発表
— 核融合の先生(尾関 秀将 H. Ozeki) (@fusion_teacher) January 29, 2025
ソフトバンクやサム・アルトマン氏らも出資とあるが、
oversubscribed(申込超過)と記事にあることも気になる
Helion社が世界最速で核融合発電する可能性があることを、知っている人は知っているhttps://t.co/8BI1exdfaK
特にこれまでのニュースで世界を驚かせたのは、2023年5月10日に発表した、「マイクロソフトとの2028年からの電力購入契約の締結」です。
この契約の実現に向けて、Helion社は既に核融合発電所の第1号機の建設も開始しています。その発電所の名は「Orion」。建設地は、ワシントン州のMalagaで、既にサイト造成も2025年の夏には開始しています。
直線型の磁場閉じ込め式核融合発電の実現を目指す米スタートアップ
— 核融合の先生(尾関 秀将 H. Ozeki) (@fusion_teacher) August 3, 2025
Helion Energy社が
発電所第1号機の建設を開始
その名は「Orion」
ワシントン州Malagaでサイト造成を開始
許認可で問題も残るようですが、
核融合の「発電所」としての建設を始めた団体としては世界初かとhttps://t.co/nR3XkpiNcx
同社が核融合発電を2028年とするターゲットと、それに向けた実際のアクションのスピード感は、私 核融合の先生の感覚としては「世界最速」であると感じています。


Helion Energy社の成果: 民間として初めて核融合反応実験に成功
さて本題ですが、この世界最速のスピード感を持つHelion Energy社が、2026年2月に一体何をしたのか?それは上のYouTube動画でも紹介されているのですが、
核融合発電を目指すスタートアップ(民間企業)としては初めて、トリチウムという燃料を使用して、核融合反応を起こす実験に成功したのです!
米ヘリオン・エナジー社は2/13にPolarisと呼ばれる直線型装置でプラズマ温度1億5000万度に到達
— 核融合の先生(尾関 秀将 H. Ozeki) (@fusion_teacher) February 17, 2026
またトリチウム放射性燃料を使って核融合反応を試験し、発電を目指すスタートアップ企業としては一番乗りとなったとのビッグニュース!
発電はまだだが、明らかな歴史的快挙!業界はまた盛り上がりそう! https://t.co/3UVNYstTV3
ただ、実はこの1文には、ただ実験に成功しただけではない、様々な「凄さ」の背景が濃縮されています。その内容について、もう少し深堀して説明していきます。
凄さ① 約1億5000万度を達成
そもそも核融合反応を起こす条件として、燃料を1億度以上の温度まで上げることが必要です。
大型の核融合実験装置を保有する、世界の研究機関やごく一部の核融合スタートアップでは、再現性を持って1億度以上の温度を作り出すことができるようになってきましたが、依然としてこれは簡単にできることではありません。
装置の設計が適切になされており、試験を繰り返して適切な実験条件を見つけ、トラブルなくオペレーションができて初めて達成できるのが、1億度を超える温度なのです。
Helion Energy社は、単独の企業でこれらの条件を満たすことができたという凄さがあります。
その結果、今回の実験では約1.5億度に到達したと発表されています。

凄さ② トリチウム燃料を実際に使用
そして今回の発表で最も注目すべきは、トリチウム燃料を実際に使用した実験を行い、成功させている点でしょう。
トリチウム(三重水素の別名)というのは、核融合反応を起こすために必要な燃料の一種です。
現在、ほとんどの国の研究機関や核融合スタートアップは、重水素とトリチウムの混合燃料による核融合反応(:DT反応という。重水素が英語でDeuterium、トリチウムがTritiumであることに由来する。以下の図参照。)からエネルギーを取り出して、発電をしようとしています。

ただ、トリチウムには以下のように入手性・価格・取扱い上の難点があります。
- 自然界にはほとんど存在せず、人工的に作るしかない
- 2026年現在、価格は1グラムあたり100万円の桁と言われている
- 弱いβ線(:ベータ線)という放射線を出す
(トリチウムについてさらに知りたいという方は、以下の記事も読んでみてください。)

そのため実は、世界の大半の核融合発電研究装置では、トリチウムを使って核融合反応を起こす実験は行われてきませんでした。代わりに、重水素・水素・ヘリウムといったガスを使って、核融合反応は起こらないけれどもそれに近い状況を作り出して実験が行われてきました。
トリチウムを使用した実験を行うためには、実施機関は莫大な費用を捻出しなければならないのです。
Helion Energy社の直線型装置の性能確認試験は節目を迎えたか
今回、Helion Energy社は、この希少かつ高価なトリチウムを入手し、DT核融合反応を起こす実験を行いました。
ということは、Helion社が保有する核融合実験装置の性能試験としては大詰めを迎えているということかもしれません。
つまり、それだけ装置のオペレーションを繰り返してきていて、最適な運転条件を煮詰めた上で、今回の高額な試験に臨んだと考えられます。
一方、実はHelion Energy社が最終的に目指すのは、DT核融合反応を利用した発電ではなく、D3He核融合反応を利用した発電です。そのため、同社にとっては実際に使用する燃料ではないことになります。
ではなぜこのような実験をしたのか?などについては、本記事の末尾で説明します。
凄さ③ 放射性物質の規制対応をクリア
弱い放射線を出すトリチウムを使用した試験が今回行われたということで、もう1点評価すべきは、Helion Energy社が放射性物質であるトリチウムを、規制に基づいて適切に取り扱ったということです。
先程述べたように、△トリチウムは弱いβ線(:ベータ線)という放射線を出す物質です。また、DT核融合反応を起こすと、反応生成物として高いエネルギーを持った中性子がでますが、この中性子は強力な放射線の一種です。
放射線を出す物質を取り扱う施設には、どの国でも非常に厳重な管理が求められます。無断で持ち出されたり盗まれたりしないようにすることはもちろんの事、それ以上に、放射線を取り扱う部屋・領域を他の部屋とは明確に区画分けしたり、放射線を遮へいするための分厚い壁を設けたり、作業従事者が法令限度を超えて被ばくしていないかを毎回チェックしたり、様々な設計検討や確認を徹底的にやらなければいけません。
今回、Helion Energy社が実験に成功したということは、このような放射線管理の問題もクリアし、規制当局からの許可を得ており、その管理を忠実に行ったことをも暗に伝えています。
実際、Helion Energy社は、トリチウムの使用許可を2024年2月には既に取得していました。
アメリカの核融合スタートアップ
— 核融合の先生(尾関 秀将 H. Ozeki) (@fusion_teacher) February 15, 2024
Helion Energyが本気で核融合発電の
世界最速実現を獲りにきてる
先月、ワシントン州保健局がHelion社に核融合燃料である放射性物質
「トリチウム」の取扱許可を出したとのこと
規制当局を押さえたら、あとは装置の完成を待つだけじゃないかhttps://t.co/6KAkGSStdk
規制をクリアしたということは、そもそも規制が「存在する」ということ
そしてもう1点、注目すべきは、
米国では民間企業が核融合反応を起こせるレベルまで、「法規制」の議論が進んでいる
という事実です。
そもそもHelion Energy社が核融合反応を伴う実験を行うことについて、政府系の機関が安全性を確認しなければならないはずです。そのためには、安全の基準となる「法規制」が整備されていなければいけません。
つまり米国では、核融合向けの法規制の議論がかなり進んでいるということになります。
(米国の規制検討の状況は最近進展アリ)
日本の核融合発電規制の検討状況は?
日本には、放射線や原子力発電に関する規制は既に存在しますが、核融合発電に関する規制の議論はまだ始まったばかりです。2024年度には、核融合安全規制検討の「骨子案」が検討され、2025年度には原子力規制庁と核融合発電事業者になる予定のスタートアップ企業や研究機関との「意見交換」が行われてきました。
フュージョン装置の開発を進める事業者等との意見交換会合
原子力規制委員会の過去の会議資料へのリンク(N-ADRES)
https://www.da.nra.go.jp/search?ftxt=1&fuse=1&f.gi=M003_198
ただし、繰り返しますが規制の議論はまだ始まったばかりで、完成しているわけではありません。
世界にはHelion Energy社のOrionのように、自社核融合発電所1号機目の建設を開始した事業者も現れ始めた現在、日本でも迅速な規制の議論が望まれます。
今後の展望
今回のHelion Energy社による実験の成功は、「Helion Energy社は水面下でここまで進めていたのか」という驚きを業界関係者に与えたのではないかと思います。
一方で、同社が今回の実験を成功させたからといって、すぐに発電ができるわけではありません。この点を含めて、私見になってしまいますが、今後の展望を簡単に述べたいと思います。
実はHelion社にとってトリチウム実験は通過点
先程も少し話を出しましたが、Helion Energy社が核融合発電のために使用する予定の燃料は、実は今回の実験で使用した重水素と三重水素ではなく、重水素とヘリウム3と呼ばれる物質です。
一方、実はHelion Energy社が最終的に目指すのは、DT核融合反応を利用した発電ではなく、D3He核融合反応を利用した発電です。(なお3Heは、「ヘリウムスリー」や「ヘリウムさん」と呼ばれる物質です。)
せっかくDT核融合反応実験に成功しているのに、なぜこの反応を用いないのか。その理由は、この記事の冒頭で紹介した、Helion Energy社が採用している「直線型」装置にあります。実は直線型装置の場合、トカマク型やヘリカル型と比較して炉心が小型になりますが、その小型化によってブランケットを設置しにくくなり、中性子のエネルギーを大電力に変換することが技術的に難しくなるのです。
一方、直線型装置は、トカマク型やヘリカル型よりもさらに高い温度を作り出すことに長けています。そうすると、DT反応よりも高い温度が必要な、別の核融合燃料を用いた反応を利用して発電する道が見えてきます。
D3He核融合反応はその1つで、D:重水素と3Heの混合燃料を5億度程度まで加熱すると、この2つの物質が以下のような核融合反応を起こします。

D3He核融合反応の場合、中性子は出ずに陽子(水素原子核)やヘリウム原子核等の「荷電粒子」が発生することが上の図からわかりますが、これらの粒子から電磁誘導の原理などによってエネルギーを取り出すことが検討されています。これを「直接発電」と呼び、Helion Energy社でも開発が進められています。
しかし、核融合反応から直接発電により大電力を作り出した事例は2026年2月時点ではまだ無く、その実力の程は課題であり注目されています。
また、3He自体は自然界にはほとんど存在しない希少物質です。3Heの確保、5億度への挑戦、直接発電装置の開発など、D3He核融合発電の実現に向けてはまだ多くの課題が残っており、そのためトリチウム実験はHelion Energy社にとっては通過点に過ぎないのです。
ただ、上記のように課題が残る状況でも、Helion Energy社の核融合発電に向けた歩みは世界最速であることに異存はありません。今後も彼らの取組みは要チェックです。
業界は盛り上がるが、産業化競争はさらに熾烈に
今回の米国Helion Energy社の実験成功を受けて、核融合発電実現への期待は世界的に続くことが見込まれます。
一方で、ある会社が頭1つ抜けることは、他の核融合スタートアップや国にとっては死活問題になり得ますから、世界的な核融合産業化競争はさらに熾烈になるでしょう。今後も状況の変化から目が離せません。










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