核融合は研究から実用化へ。核融合炉の開発ステップと炉の種類を知ろう
この記事では、核融合炉の話題でよく出てくる用語「実験炉」「原型炉」「実証炉」「商用炉」の違いについて解説します。
現在、様々な国々で、そして国立研究機関から民間企業まで、核融合炉の技術開発を進めています。
このそれぞれの機関・企業・場所で行われていることは、それぞれの開発スピードによってフェーズが異なります。そして、それぞれのフェーズに「実験炉」「原型炉」「実証炉」「商用炉(あるいは実用炉)」という名前が付くのです。
では、それぞれの炉の名称の違いは何か?この記事では、それぞれの核融合炉の名称と、その研究開発フェーズの関係について紹介します。
炉の名称と、その研究開発フェーズの分類
まずは、それぞれの炉の名称と研究開発フェーズの関係について、大まかに紹介します。
そもそも、核分裂炉に適用された考え方
実は、この記事で紹介する
- 実験炉
- 原型炉
- 実証炉
- 商用炉(実用炉)
のステップの考え方は、核「分裂」炉を開発する際に適用されたものです。それを、核「融合」炉でも一部踏襲しているということになります。
(核「分裂」炉とは、現在の原子力発電所(軽水炉)や高速増殖炉などのことを指します。核融合と核分裂の違いについて知りたい方は、以下の記事を読んでみてください。)
まずはこの章で、核「分裂」炉における炉の分類を紹介し、次の章で核「融合」炉の分類の考え方を紹介したいと思います。
実験炉
新型原子炉の開発において、核反応の実験データの取得などを目的に最初に建設される炉をいう。
原型炉
核反応を用いて、発電ができるという「技術的な見通し」を得ることを目的に建設する炉。
また、炉の大型化に際しての技術的課題を摘出すること、経済性に関する目安を得ることも目的としている。
メモ: ここで言う経済性とは、電気を作って販売することで利益を出し、ビジネスとして成り立たせること。
実証炉
実用規模の発電プラントの技術実証と経済性の見通しを「確立」する発電炉。
この実証炉が完成して問題なく稼働を続ければ、核融合発電を商売に使うに当たっての技術的問題も経済性の問題も、一通り解決した段階となる。
商用炉(実用炉)
家庭や企業に使ってもらうために電気を作り、送配電網に流す発電炉。核融合炉で発電した電気が商売に使われている状態。
先ほど紹介した実証炉が、商用炉の第1基目を兼ねることもある。
核融合炉における炉の分類の考え方
次に、核融合炉の場合における炉の名称と分類について解説します。
実は核融合炉の場合、先ほど紹介した核「分裂」炉のステップよりも開発を加速しようということで、実験炉から原型炉、実証炉までの開発ステップを圧縮しようという流れがあります。(ファスト・トラックと呼ばれることもあります。)
そのためここで紹介する核融合炉の分類は厳密な定義ではありませんが、それぞれのステップでどのようなことが行われるのかを大まかに理解してもらえればと思います。
核融合「実験炉」とは
核融合実験炉は、「核融合反応」の実験データの取得などを目的に建設される炉です。
実は「核融合反応」の実験データの取得というのは、2024年3月現在で世界的に見てもまだまだ十分に進んでいません。なぜなら、核融合反応を起こせる「実験炉」と呼べる施設が世界にはほとんど存在しないからです。
そもそも先進国を中心に世界には、核融合に関する大小様々な実験「装置」は存在します。それらの実験装置では、磁場閉じ込め方式の核融合炉に必要な「プラズマ状態」の研究をしたり、あるいはレーザー核融合方式に必要なレーザーの研究などが行われたりしました。しかしながら、そのほとんどの装置では、核融合反応を起こす実験は行われていないのが実情です。
核融合実験炉が世界にほとんどない理由
その主な理由としては、主に次の4つがあると私は見ています。
- まずは核融合反応に必要な高温かつ高密度の状態を作るノウハウが蓄積されたのが、まだ最近であること。(後で出てくる「実験炉ITER」が1980年~1990年代頃に設計されたが、その頃までにようやく実験炉を設計するノウハウが蓄積されてきた。)
- 実験炉の建設費用が高額であること(数千億円~数兆円規模)。
- 核融合反応に必要な燃料の1つ「トリチウム」が高額なために入手が容易ではないこと。(一説では、現在の市場価格では1グラム数百万円とも言われている。)
- さらに、核融合反応を起こすと放射線が大量に発生するので、放射線及び放射性物質の管理ができる厳重な施設として設計し、建設しなければならないこと。
そのため、核融合炉開発のステップとしては初期に当たる「実験炉」の段階さえ、近年までなかなか進むことができませんでした。
国際熱核融合 実験炉「ITER」
しかし、世界各国の研究の進展とともに核融合反応を起こせる高温・高密度状態を作るノウハウが蓄積されていきました。そして、1980年~1990年代当時にもっとも有望視されていた「トカマク型」の核融合「実験」炉を世界先進国でお金を出し合って建設しようというプロジェクトが発足しました。それが、国際熱核融合実験炉ITER(イーター)プロジェクトです。
実験炉ITERの目的は、原型炉の目的も一部兼ねる
ITERの目的は、主にトカマク型核融合炉における核融合反応実験データの取得です。実際に重水素とトリチウムを使用して、核融合反応を起こすことが計画されています。また、ITERは設計時点から放射線防護に配慮されたものになっています。
一方、ITERには発電ができるという「技術的な見通し」を得ることも一部目的として含まれています。ITERでは実際に発電をするわけではありませんが、発電に必要となる熱水を作るところまでは試験します。また、そもそもITERというのは、将来の核融合発電炉に近いサイズであってこれまでの実験装置にはない規模で設計されています。従って、ITERの建設に取り組むことで、将来の核融合発電炉を製作するための知見を得ることができます。ある意味、建設の練習にもなるわけです。
このように、実験炉ITERは、炉の大型化に際しての技術的課題を摘出することも目的としており、「原型炉」の役割を一部担う訳です。
なお、ITERについてさらに知りたい方は、以下の「ITER」のカテゴリーから、当サイトの記事を色々と読んでみてください。
実験炉ITERプロジェクトを国際協力の下で進めるというのは、先進国間で技術協力をし合ってプロジェクトを進め、予算も負担し合うという点で、非常に良い計画です。ITER計画の推進により、核融合の研究開発フェーズが世界で一斉に「実験炉」のフェーズに押し上げられました。
実験炉ITERの難点
ただ一方で、国際政府間プロジェクトとしての問題点もあります。それは、意思決定プロセスが遅くなるということです。ITERの建設・運営資金は各国政府が出し合う、つまり各国の税金によって賄われます。従い、ITER計画における大きな技術的問題やスケジュール・政治的な問題がある場合は、すべての参加国が出席するトップレベル会議などで議論されます。
そのためITERプロジェクトの歴史を見ても、設計から運転終了まで50年以上をかけて進めている巨大プロジェクトなのです。
◆ ITERのプロジェクト期間の詳細 ◆
- 工学設計が1988年~2001年
- ITER協定が結ばれ公式に建設が開始したのが2006年
- 現在は工程がさらに遅れていますが、建設終了は2025年を最近まで予定
- そこから、運転・プラズマ実験を20年行う
ITERは世界初の実験炉計画ということはあるものの、政府主導で失敗しないように進める国際プロジェクトだと、これだけの期間がかかってしまう。長い歴史の中で「核融合は、いつまで経っても50年先の技術」と揶揄されてきた側面もありますが、実際に実験炉iTERに50年以上がかかる。そして、ITERの実験データを待って、原型炉の設計・建設を始めるとなると、そのように揶揄される開発のスピード感になってしまうのです。
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核融合の「原型炉」は「実証炉」の目的を兼ねる傾向
ただ、核融合業界はITERに時間がかかることを仕方なく待っているわけではありません。
先ほどの実験炉ITERにも見られるように、核融合炉の場合は少しでも早期に商用炉が実現できるよう、実験炉が原型炉の目的を一部兼ねるケースがあります。
これと同様に、核融合の「原型炉」が「実証炉」の目的達成までを兼ねて、計画が進められる傾向があります。
つまり、核融合「原型炉」と呼ばれるプロジェクトでは、実用規模発電プラントの技術実証と経済性の見通しを「確立」し、原型炉の次はもう商用炉を建設できるようにしておくということです。
なお、日本でも原型炉の設計プロジェクトが進んでいますが、下の図のように原型炉の次のステップは実証炉を飛ばして商用炉が検討されています。
核融合炉開発における民間企業の台頭
さらに近年、核融合炉の研究開発に取り組む欧米の民間企業が現れてからというもの、先ほどお話した「いつまで経っても50年先の技術」などという状況は激変しています。
核融合民間企業と言っても、有名大学から教授陣を率いてスピンオフした企業もありますので、知識集団です。2010年代以降、このような企業は急増し、2024年3月現在では世界におよそ50社程存在します。
民間企業が核融合実験炉を建設・原型炉も検討
こうした核融合民間企業の一部は、大手企業・ベンチャーキャピタル・大物投資家などから巨額の投資を受け、
- 自分たちで核融合向け実験装置から核融合実験炉の建設に着手しています。
- さらには、実験炉の建設と並行して原型炉の設計や開発にも着手している企業もあります。
ITER建設の知見に縛られない独自の核融合炉開発
さらに驚くことに、こういった民間企業はITERと同じ設計のトカマク型の開発をしているわけではありません。トカマク型をさらにコンパクトに設計した「球状トカマク型」や、「直線型核融合炉」といった独自の核融合方式の開発を進めているところがほとんどなのです。
従来の開発ステップに囚われない、企業の核融合炉開発
なお、企業による核融合炉開発においては、従来の実験炉~商用炉の定義やステップに囚われず、独自のマイルストーンを決めて「どこまで行ったら次は何に着手する」と決めていることが多いです。
イギリスや中国では政府主導の原型炉プロジェクトが走る
なお、原型炉の検討を進めているのは、民間企業だけではありません。
核融合開発に力を入れる先進国であるイギリス・中国では、政府主導による原型炉プロジェクトが始動しています。それらを紹介します。
球状トカマク型の原型炉プロジェクトを始動したイギリス
英国政府は2024年2月6日、英国の核融合プログラムを実行するための機関として、英国インダストリアル・フュージョン・ソリューションズ(UKIFS)の設立を発表した。同機関は、球状トカマク型エネルギー生産(STEP:The Spherical Tokamak for Energy Production)施設を2040年までにウェストバートンで建設する予定だ。
個人的にイギリスの状況をよく理解していなかったのですが
— 核融合の先生 (@fusion_teacher) December 21, 2023
英政府は2040年までに、中部ウェストバートンでSTEPと呼ばれる球状トカマク型核融合原型炉(原型炉は、核融合で発電まで実証する施設)を建設する予定のよう
日本もイギリスの政府主導姿勢を見習うべきかと思慮https://t.co/sbtNwZ9nhA
ITERと同規模の核融合炉の開発に一国で挑戦する中国
Comprehensive Research Facility for Fusion Technology (CRAFT)。核融合技術総合研究施設。中国が既にプロジェクトを進めている、(トカマク型)核融合炉に必要な主要コンポーネントの開発とテストを行うための総合施設である。
この記事の文脈からは、ここで原型炉を建設するというはっきりとした動きは掴めない。しかしこのような巨大施設が、単に核融合炉用コンポーネントの開発とテストのためだけに終わるとは思い難い。
この施設を利用して、あるいはここで得た知見を基に何か別の施設を建設して、中国国産の原型炉の開発に乗り出すのではないかと先生は推測する。
SMR、高温ガス炉、超伝導風力発電…
— 核融合の先生 (@fusion_teacher) March 8, 2024
最近中国で様々な革新的発電技術が、世界最速で実用化されている
実は核融合も、世界最速の勢いだ
なんと、国際核融合炉ITER級のトカマク建設を、中国だけで進めている
Comprehensive Research Facility for Fusion Technology (CRAFT)https://t.co/WylNDXRDCT pic.twitter.com/OvWzmxFbjF
実験炉ITERに囚われない原型炉プロジェクトが加速する理由
なぜ、このように急に原型炉プロジェクトが、先進国の官・民で動き出しているのか。ここからは先生の考察を紹介します。
核融合投資を呼び込む
実は近年、核融合への投資が活発になっています。そもそも核融合発電が実現できれば、カーボンニュートラルやSDGs、そしてエネルギー安全保障といった、いくつもの現代の課題を解決できる可能性があります。核融合は、昔から「人類の夢のエネルギー」とも呼ばれてきましたが、まさに今、世界中で実現が求められる技術であることに間違いありません。
そのため、いち早く核融合原型炉を実現しようとする企業や官主導プロジェクトに、投資や資金が集まりやすいのです。
核融合技術を輸出産業にする狙い
現在、世界のどこにも、完成した核融合原型炉は存在しません。逆に言えば、一番最初に核融合原型炉を実現した企業・国は、それを世界中に輸出して利益を上げることができます。
核融合発電の技術開発というのは、先進国とそれ以外の地域(発展途上国など)では特に明確に研究開発の進展に差が出ています。というのも、先進国以外の国々からは、核融合の研究開発による目新しい成果・ニュースを耳にすることがほとんどありません。先進国の方がお金をかけて長年研究開発を継続してきた蓄積があり、技術的に優位にあるのです。
そのためもし、核融合発電プラントの技術を世界で最初に輸出することができれば、事実上ほぼ独占的に、大きな利益を築くことができるのは間違いありません。核融合発電技術に注力する国・企業・投資家には、そのような狙いがあると考えられます。
日本の原型炉開発プロジェクトの状況は?
日本でも先ほど紹介したような原型炉の「設計」活動は動いています。これは、国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(QST)が主導している活動のため、官か民かと言えば、官主導のプロジェクトと言えるでしょう。
ただし、原型炉の「建設」はまだ決定してはいません(2024年3月現在)。ここにどのタイミングで決断がなされるかがポイントとなります。
日本は核融合研究開発に関して、大学及び国立研究開発法人が優れた技術・ノウハウを保有しています。ITER計画では、多数の主要機器の製作・調達をQSTが中心となって担当しました。また現在、JT-60SAという日本の大型のトカマク型核融合向けプラズマ実験装置が、先進的なプラズマ制御の実験・研究を開始しています。
ただ、これらの蓄積されたノウハウも、原型炉に繋がらなければ意味がありません。また、原型炉建設に向けた動き出しが遅ければ、民間での核融合技術開発が活発なアメリカや、先ほど紹介したイギリスや中国、また先進的な研究を進めているドイツなどに一気に置いていかれてしまいます。他国に先に輸出産業化をされても、蓄積されたノウハウに意味がなくなってしまいます。
そのため今後も、日本の核融合技術開発に関する政策の動向に注視が必要な状況なのです。
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