核融合のニュースは勘違いさせるものが多い?正しく理解するための5つの常識
この記事では、核融合のニュースを正しく理解するための、核融合の常識5つを解説します。(核融合の技術について、あまり詳しく知らない方へ向けての記事です。)
2024年現在、核融合発電の実現に向けて全世界で研究開発が進められています。10年ほど前までは、「核融合発電の実現は2050年代になるだろう。」と言われていました。
しかし現在は、世界先進国の政府や研究機関だけでなく、約50社ほどのスタートアップ民間企業なども独自の方法で核融合発電の実現を目指しています。その中には、2020年代中に核融合発電を実現すると宣言している企業もいます。
そして、核融合について報じるニュースも増えてきました。特に新聞記事やネットニュースで書かれることが増えています。
しかし一方で、核融合の何が成功したのか、進んだのかよく分からない新聞記事の内容や見出しになっていることも多々あります。
そこで、この記事では、核融合のニュースを正しく理解するための核融合業界の常識・予備知識を5つ紹介したいと思います。(2024年2月現在のものです。)
なお、なぜ核融合発電の技術が最近注目されているのかについては、以下の「なぜ今、核融合投資が進む?」という記事で解説しています。こちらも読んでみて下さい。
◆核融合の5つの常識◆
- 核融合反応はもう何度も人工的に起こせている ➤ まだ作れた核融合エネルギーが小さすぎて、発電所レベルではない
- 核融合反応に必要な「1億度以上の温度」も、世界の様々な場所で作れるようになってきている ➤ ただ、「高温」に加えて「高密度」で「長時間」も同時に必要で、この「3つ同時」がまだできていない
- 核融合から発電(つまり、たくさんの電気を作って家庭などに供給)した研究所・民間企業は、まだ世界のどこにもない
- 核融合の研究・技術開発を進める民間企業は、世界に約50社程ある
- 「核融合装置の実験」がニュースになるとき、実は核融合反応を起こしてないこともある。なぜなら、燃料「トリチウム」の値段が高すぎるため、他の物質を使って実験することが多いから。
※ これらの常識は、2024年2月現在のものです。
これら5つの常識について、以下で1つずつ解説します。
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常識① 核融合反応はもう何度も人工的に起こせている
時々ニュースで、「核融合反応に成功した。」「エネルギーが●MJ発生した。」(MJ:メガジュールは、エネルギーの単位)という記事があります。
こういったニュースを見るときに覚えておいて欲しいのは、「人類は既に核融合の反応を、人工で何度も起こしている」ということです。
こういったニュースの見出しは、あたかも核融合に人類で初めて成功した!ような書き方で、読者の興味を引こうとします。しかし、実際はそうではないので、覚えておいて下さい。
じゃあ何が新しい情報なのか?
こういった「核融合に成功した」ニュースが出た場合、次の観点で新しいニュースであることが多いと考えられます。
「核融合が成功」の類のニュースで新しいこととは?(例)
- 新しく建設したどこかの装置で、その装置で初めての核融合反応である。
- 発生したエネルギー量が、今までの記録を更新した。
- 核融合を起こすために消費したエネルギーよりも、核融合で発生したエネルギーの方がかなり大きくなった。
今はまだ、人工核融合で発生できるエネルギーは少ない
実は人類が人工核融合で、1回の実験に付きこれまで発生させることができた最大エネルギーはまだかなり小さく、家庭1軒分程度です。例えば、1000Wのドライヤーを1時間付けっぱなしにして3.6 MJです。一方、世界の核融合実験装置でこれまで発生できた最大のエネルギー量は、約69 MJです。(以下の「JET」という装置の記事を参照。つい昨年の2023年末のJET装置最後の実験で、この記録を達成。)核融合業界では、この記録は偉業ですが、一般の方からすると、家電が消費する程度のエネルギーでは、少ないと感じるかと思います。
実は、核融合の燃料の1つ「トリチウム」は、一説では1グラム数百万円とも言われ、非常に高価です。そのため、今のところは実験のためにトリチウムを潤沢に使えず、従って実験で発生するエネルギーも少ないという核融合業界の特有の裏事情があります。
しかし、核融合の研究・技術開発が進むにつれ、今後はトリチウム燃料を多く使った実験も行われるはずです。そうなれば、この結果もどんどん更新されていくでしょう。
実験で消費したエネルギーより、核融合で発生したエネルギーの方が多いことが重要
将来の核融合発電には、他の火力発電や水力発電など異なる1つの特徴があります。それは、核融合反応を起こすために、たくさんの電力を使わないといけないということです。
火力発電の場合は、燃料に火を付ければ勝手に燃えます。水力発電では、水が落ちる力を利用するので、何もしなくても電気が作れます。しかし、核融合の場合は、核融合反応を起こすまでにたくさんの電気を使います。たくさんの電気を使って、様々な装置を動かして、燃料を1億度以上の温度に加熱してやっと、核融合反応が起きます。
そのため、核融合発電では、使う電気よりも核融合反応でより大きなエネルギーを得ることが目標です。そして、何倍も大きなエネルギーが得られた場合に、以下の記事で紹介するようなニュースが大々的に流れることがあるのです。
常識② 核融合反応に必要な「1億度以上の温度」も既に作れている
時々ニュースで、「1億度以上の温度を達成した。」という、核融合実験装置での温度の記録に関する記事があります。確かに、核融合反応を起こすためには1億度以上という温度は必要になります。
ただ、覚えておいて欲しいのは、「1億度という温度は既に、世界のいくつかの核融合実験装置で達成できている」ということです。
かなり洗練された、そして大型の核融合実験装置でのみ、1億度以上の温度が達成できます。そのため、1億度を超える温度を達成したということは、核融合装置としては洗練されているという1つの目安にはなります。
こういったニュースの見出しは、あたかも「人類初の1億度達成!」のような書き方で、読者の興味を引こうとします。しかし、実際はそうではないので、覚えておいて下さい。
では今、何を核融合装置の実験で達成しなければならないのか?
核融合反応を起こすためには、燃料を1億度以上の高温にすることに加えて、高密度にすることも必要です。高温・高密度の両方が揃って初めて、核融合反応が起きます。
さらに、核融合を発電に利用するためには、高温・高密度(=核融合反応が起きている)状態を、長時間維持することが必要です。この維持できる時間というのは、そのまま核融合発電が持続できる時間に直結します。
実は2024年現在の時点で世界にある核融合実験装置では、数秒単位でしか核融合反応(高温かつ高密度の状態)を維持できていません。数分の単位で核融合を維持することは難しいとされています。
ただ、ITERなど、数分単位での核融合反応維持を目的に設計され、建設工事途中の実験装置も存在します。そういった新しい装置により、核融合反応を長時間維持できれば、その実験結果は今後必ずニュースになるでしょう。
核融合反応の長時間維持の代わりに、パルス運転をする装置も
核融合反応を長時間維持することを目標とする装置は、主に「磁場閉じ込め方式」の核融合装置です。
なお、核融合装置によっては、核融合反応を長時間維持する代わりに、短時間(一瞬)の核融合反応を高速で繰り返す原理の装置もあります。ちょうど、カメラを連写撮影するようなイメージで、核融合反応を「パッパッパッ…」と高速で繰り返すのです。これをパルス運転と言います。
パルス運転の代表的な核融合装置の例は、レーザー核融合装置です。磁場閉じ込め方式とレーザー核融合方式の違いについては、以下の記事で解説していますので、よければ読んでみてください。
パルス運転の装置であっても、「何回連続で繰り返し核融合反応を起こせるか」が、発電を長時間維持するための鍵です。そのため、この技術課題を解決する必要があります。
常識③ 核融合から発電した研究所・民間企業は、まだ世界のどこにもない
2024年2月現在の時点では、核融合反応のエネルギーを電気に変換して、一般家庭などに供給した研究機関や民間企業はまだいません。そのため、どこが一番最初にこれを実現するかが世界的にも注目されています。
先生が最も有力視しているのは、核融合発電の米スタートアップ企業ヘリオン・エナジー(Helion Energy)社です。
Helion Energy社は、アメリカのIT企業大手のマイクロソフト社に、2028年から核融合発電による電力供給を行うとの契約を結んでいるからです。この契約は、2023年5月に発表されましたが、核融合業界を驚かせました。
なお、このHelion Energy社のニュースについては、以下の記事でも紹介しているので、読んでみてください。
常識④ 核融合の研究・技術開発を進める民間企業は、世界に約50社程ある
この記事の冒頭でも少し記載しましたが、10年ほど前までは、「核融合発電の実現は2050年代になるだろう。」と言われていました。
しかし、先ほどのHelion Energy社のように、核融合発電の早期実現に向けて取り組む民間企業が、世界にはすでに50社近く存在します。(2024年2月現在)
核融合関連の民間企業は、およそ10年程前からスタートアップ企業として次々と現れ始めました。それらの企業には、大学からスピンオフして優秀な研究者を擁し、有名投資家から巨額の投資を受けて、1企業だけで核融合発電の実現を目指す企業もあります。一方で、核融合に必要な一部の特殊材料や機器に特化した事業を展開する企業もあります。
このように、核融合業界における民間企業の動きが非常に活発になってきています。そのため、こういった民間企業の動きを知らないまま、「核融合発電なんてまだ何十年も先の話」と思われている方がおりましたら、世の中の状況がかなり変わってきていることを知ってもらえればと思います。
なお、核融合関連の民間企業をまとめた情報(2023年版)が、以下の京都フージョニアリング社さんのホームページで公開されていますので、参考にしてください。核融合投資が加速する理由についても、以下の記事で解説しています。
常識⑤ 「核融合装置の実験」がニュースになるとき、実は核融合反応を起こしてないこともある
核融合反応を実際に起こすためには、トリチウム(つまり、三重水素)と、重水素の両方が必要です。その他の核融合燃料の組み合わせでも核融合反応は起こせないわけではないですが、1億度よりもさらに高温が必要となったりするので、より達成が難しくなります。従って、核融合研究開発の業界では、重水素と三重水の燃料を使って発電しようと考えるケースが多いです。
しかし、先程も説明しましたが、核融合の燃料の1つ「トリチウム」は、1グラム当たり数百万円とも言われている非常に高価なものです。そのため、どんな実験にもホイホイと使えるものではありません。
そこで、核融合装置の実験では多くの場合、ヘリウム・水素・重水素といったガスを、どれか1つ使ったり組み合わせて使ったりする。
つまり、高価なトリチウムは使用せずに実験を行うことが多いのです。
特にニュースで、「●●の装置でファーストプラズマ生成に成功。」とか、「●●の装置で1億度の温度を達成。」とかいったニュースが流れた場合は.、トリチウムを使わないために核融合反応も伴わない実験であることが多いです。
JT-60SAの例
ところで、2023年10月にファーストプラズマの生成に成功した、日本に新しく建設された大型核融合向けプラズマ実験装置に、「JT-60SA」というものがあります。
世界3大トカマクと言われるほど、日本の高度な技術が使われている大型トカマク型実験装置です。このJT-60SAもまた、基本的には水素と重水素のガスを使って運転する旨が書かれた資料があったので、以下に貼り付けておきます。
下の表の「主なガス」というところを見ると、「水素・重水素」と書かれていることがわかります。水素・重水素・トリチウム(:三重水素)のどれも水素の同位体なので、トリチウムを使えなくても非常に有用な実験データが得られるのです。
なお、以下の資料は、JT-60SAからの中性子温発生量評価に関する資料となっています。トリチウムを使用しなくても、ごく微量の重水素同士が核融合反応を起こし、微量の中性子を出すと評価したものと考えられます。重水素同士の核融合については、以下の「次世代核融合の燃料」の記事を参考にしてください。
核融合反応を起こしたことがニュースになる場合は?
逆に、トリチウムと重水素を使って、「実際に核融合反応を起こしたこと」がニュースになる場合は、次のような記事の書かれ方をすることが多いです。
この場合は、「●●MJ(メガジュール)のエネルギーを発生。」とか、「実際に核融合反応を起こし、」などと書かれていることが多いです。
トリチウムを使った実験だったのかどうかは、そのニュース記事をよく読んでみてください。
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核融合のニュースにはどんなものがある?
最後に、そもそも核融合のニュースにはどのようなものが多いか、少しまとめてみました。今後、核融合のニュース記事を見たときに、そのニュースがどれに当てはまるかを考えてみてください。
核融合関係のニュースの分類(国内外を問わない)
政府関連ニュース
- 政府による核融合関係の新規政策や国家プロジェクトの開始・進捗状況
民間企業関連ニュース
- 核融合関連企業が結んだ新規契約・業務提携・装置建設計画の発表
- 新しい核融合関連企業の設立
…2024年2月現在、既に50社近くが世界に存在することを覚えておく
核融合実験関連ニュース
- 核融合の大型実験装置の稼働開始
- 核融合装置の実験で高温(1億度以上など)達成の実験結果発表
… 実際は、高温だけでなく高密度・長時間維持も重要。ニュースに記述があるか要チェック。 - 核融合反応を実際に起こした結果、大きなエネルギーが得られた
… 「●●MJ(メガジュール)のエネルギーを発生。」とか、「実際に核融合反応を起こした」などと書かれる。 - 核融合反応を実際に起こした結果、消費電力より核融合反応エネルギーがかなり大きかった
… 核融合発電所として実用化するために、消費より得られるエネルギーが多くなければならない。 - 核融合炉に利用できる新材料・新技術の発見
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