英国が0.5兆円の予算化を決定!「STEP」は世界が注目する核融合発電所建設プロジェクト
この記事では、英国が2025年6月におよそ0.5兆円の予算化を決定した、球状トカマク型核融合炉の建設プロジェクト「STEP」について解説します。
英国政府が主導して進めるこの核融合研究開発プロジェクトは、一国家としてはこれまでに類を見ない規模の予算が核融合へ認められたことから、核融合業界内では世界中で大きなニュースとして取り上げられました。
このプロジェクトは今後英国国内で進められていくものですが、日本の企業もこれから参入する余地がありますし、現に参入している企業はいくつかあります。このように予算規模が大きいものですから、この記事を手始めにSTEPプロジェクトについて知って頂き、企業の方々には参入機会を探って頂ければと思います。

「STEP」核融合プロジェクトの概要
まずは、この「STEP」という核融合炉建設プロジェクトの概要について紹介します。
そもそも、このSTEPは「Spherical Tokamak for Energy Production」の略です。Spherical Tokamakは日本語で「球状トカマク型(の核融合炉)」です。また、Energy Productionはエネルギー生成という意味ですね。
STEPプロジェクトの概要については、以下のWebサイトで紹介されています。

このサイトによると、STEPプロジェクトについて以下のように説明されています。
The first of its kind, STEP is the UK’s major technology and infrastructure programme to build a prototype fusion powerplant that will demonstrate net energy, fuel self-sufficiency and a viable route to plant maintenance.
(訳)STEPは、純エネルギー生産、燃料の自給自足、そしてプラントのメンテナンスへの実行可能なルートを実証するプロトタイプの核融合発電所を建設するための、英国初の大規模な技術・インフラ計画です。
つまり、STEPプロジェクトはイギリス政府が主導する、球状トカマク型の核融合発電所のプロトタイプを建設する計画です。
実験炉、原型炉、実証炉、商用炉の分類の中では、原型炉もしくは実証炉に相当するでしょう。
(実験炉や原型炉の違いについては、以下の記事を参考にしてください。)
STEPプロジェクトの大まかなフェーズ分け
上記で紹介したサイトによると、STEPプロジェクトの状況と今後の進行は、以下の各フェーズのように検討されています。
STEPプロジェクトの各フェーズ
- Phase 1(既に終了): 2024年までの第1フェーズでは、概念設計、主要な技術・インフラプログラムを実現するための組織体制の構築、用地選定、そして英国が世界をリードしている適切な規制枠組みの整備に注力してきました。
現在、発電所の概念設計は完成しており、主要システムの設計方針を概観しています。用地はノッティンガムシャー州ウェストバートンを選定しました。現在は、ウェストバートンにおけるサイト特性評価作業に注力しています。 - Phase 2: 第2フェーズでは、主要産業を巻き込んで、クリティカルとなる技術の開発をプログラムし、設計、実証します。そしてコンポーネントの製造へと移行します。
また、ウェストバートンの地方自治体の協力パートナーや周辺地域と緊密に連携し、計画承認と許可の取得を目指します。 - Phase 3: 第3フェーズは、発電所の建設とインフラ整備に関するもので、計画許可と同意が得られ次第、2030年代に開始されます。このSTEPプロトタイプ発電所は2040年に最初の運転を開始し、可能な限り早期に少なくとも100MWの正味のエネルギーを実証する予定です。
球状トカマクとは
球状トカマク型核融合炉とは、この「核融合の先生」サイト内でも最も解説記事が多い「トカマク型」と呼ばれるタイプを、さらにコンパクトにした先進的なコンセプトです。先進的なコンセプトであるため、球状トカマク型の研究開発の進展は世界的に見ても、一般的なトカマク型と比較すると一歩遅いところはあります。
しかし、コンパクトな型で核融合発電炉を成立させることができれば建設費を抑えられ、経済性の観点で他の核融合炉よりも有利になります。そのためこのSTEPプロジェクトを始め、欧米のスタートアップや日本でも、コンパクトなトカマク型核融合炉により発電実証を目指すプロジェクトが幾つか進んでいます。そして同時に、このコンセプトを成立させるために必要な「高温超伝導体」と呼ばれる先進的な超伝導線材を利用したコイルの開発も進んでいます。
なお、この記事では、STEPの「プロジェクト概要」に焦点を当てて解説します。球状トカマク型の「技術側面」について興味がある方は、以下の記事を参考にしてください。
STEP核融合炉の建設地は?
上述のとおり、STEPを建設する場所はノッティンガムシャー州ウェストバートンに既に決定しているようで、以下のマップに示しました。
かつて石炭火力発電所があり、その跡地を利用します。
また、用地選定に関する経緯は、次のリンク先で紹介されています。
STEPプロジェクトの推進母体は?
STEPプロジェクトのオペレーションについては、以下のリンク先で次のように説明されています。
Based at a site in West Burton, STEP was established by the UK Atomic Energy Authority (UKAEA) — but will ultimately be delivered by the wholly owned subsidiary, UK Industrial Fusion Solutions Ltd (UKIFS).
ウェスト・バートンの施設に拠点を置くSTEPは、英国原子力公社(UKAEA)によって設立されましたが、最終的には全額出資子会社のUK Industrial Fusion Solutions Ltd(UKIFS)によって運営される予定です。
国の機関が子会社を持つとは、仕組みが良く分からないところがありますが、この会社UKIFSには拠点が2つあるようです。
1つは先ほど紹介したウェスト・バートン。もう1つは、Oxfordshire(オックスフォード)のCulham Campusというところで、UKAEAもあります。


英国政府がSTEPに約0.5兆円の投資を決定
2025年6月、世界の核融合業界が驚くニュースが、以下のように発信されました。
英国がSTEPプロジェクトに対し、5年間で25億ポンド(≒0.5兆円)を投資することを決定したのです。
遂に来ましたね、1国で兆円規模の核融合予算支出!これは歴史的!
— 核融合の先生(H. Ozeki) (@fusion_teacher) June 12, 2025
イギリスの球状トカマク型核融合炉建設PJであるSTEPに25億ポンド(≒0.5兆円)の予算が5年で付くとのこと!
一般的には政府系PJの場合はWTO/TBT協定の制約で国際競争になるのではないかと。その場合は日本企業も参入できますね! https://t.co/LnzlaTYoBW
これか…!日本もこれが早く宣言されるといいな…!(個人的感想…) https://t.co/3BwL4DJhGr
— 核融合の先生(H. Ozeki) (@fusion_teacher) June 12, 2025
この規模の予算を1つの国が、核融合発電所の建設プロジェクトに投資することを決定した事案は、これまでの歴史上でも例がありません。これは以下の2つの観点で世界初となります。
- 1国の政府が兆円規模の予算充当を、核融合研究開発に対して決定したこと
- 核融合「実験装置」などではなく、核融合「発電所」の建設プロジェクトに対する投資であること
国際熱核融合実験炉ITERにも匹敵
「ITER」については既にご存知でしょうか?まだ知らないという方は、以下のカテゴリ内の記事を参照してください。
ITERは、国際協力の下で世界の先進7極が予算を出し合い、フランスにトカマク型核融合実験炉を建設するプロジェクトです。日本も参加しています。
筆者の記憶では、確かITERプロジェクトの初期予算もまた、0.5兆円程度と見積もられていたのではなかったかと思います。(その後、必要予算は数兆円以上に膨らんでしまいましたが。)ここで何が述べたいかというと、ITERプロジェクトが発足した1980年代当時は、核融合研究開発に対してこの規模の予算を1国で捻出することは考えられていなかったということです。
英国のSTEPプロジェクトは、1国でITERに匹敵する予算の捻出を決定したということで、先進国(及び私も)を含む世界の核融合業界が驚くニュースとなったのです。
もう1つの英国の核融合関連プロジェクト「LIBRTI」
実は英国はSTEPプロジェクトに関連して、もう1つ予算規模の大きいプロジェクトを既に進行させています。それがLIBRTIというプロジェクトです。
LIBRIは、Lithium Breeding Tritium Innovationの略です。日本語に直すと、前の単語から順番に「リチウム」「増殖」「トリチウム」「革新」という単語が並んでいます。
このプロジェクトでは、自然界から直接収集することが難しい核融合燃料の1つである「三重水素(=トリチウム)」 を、リチウムから人工製造(増殖)するための大規模な研究を行います。先ほども出てきた英国原子力公社UKAEAが、2億ポンド≒約400億円を充てるプログラムとなっています。
リチウムから三重水素を製造する技術を確立することは、核融合炉で「無限のエネルギー」を実現するために重要となります。そもそもその理由についてご存じないという方は、以下の記事や、もしくは「フュージョンエネルギーに備えよ」を読んでみてください。トリチウム増殖について詳しく解説しています。
LIBRTIで何を行うのか?
以下にある筆者のXのポストも参照して頂きたいのですが、
このLIBRTIプロジェクトでは、米国のSHINE Technologies (https://shinefusion.com)から核融合由来の中性子源を購入し、中性子をリチウムに当てることで、トリチウムを人工製造する試験を行います。
これに先行して、小規模な実験やシミュレーションにも予算が割かれています。
Lithium Breeding Tritium Innovation (LIBRTI)と呼ばれるこのプログラム、詳細はこちら▼https://t.co/N1SAO1pBeJ
— 核融合の先生(H. Ozeki) (@fusion_teacher) January 18, 2025
米国のSHINE Technologieshttps://t.co/NOwbPgCMZt
から核融合由来の中性子源を購入し、中性子をリチウムに当てることで、トリチウムを人工製造する。
LIBRTIプログラムについては、UKAEAのホームページに以下のような概要紹介ページがあります。
また、LIBRTIプログラムに参加している京都フュージョニアリングさんが、下記のリンク先記事で自社の取組をまとめられています。こちらも参照してみてください。


日本企業もSTEPやLIBRTIに既に関わっている
先ほどまでで紹介した、英国内で巨額の予算が動くSTEPとLIBRTの核融合研究開発プロジェクトには、実は日本の企業も既に関わっています。
まず、日本企業の中で最も大きく関与されているのが京都フュージョニアリング社でしょう。先ほど紹介したLIBRTIの記事のとおり、トリチウム生産の研究開発に関わっていることが分かります。
さらに当該企業は、高温超伝導体を用いたコイルの開発で、STEPプログラムに参加しています。
京都フュージョニアリングとフジクラが
— 核融合の先生(H. Ozeki) (@fusion_teacher) June 2, 2025
英STEP核融合炉用の高温超電導コイル研究PJ第一ステージを完遂
Helical Fusionもこれとは個別に躍進中で、日本が米よりやや遅れ気味だった
高温超伝導コイル開発の知見が産業界に蓄積され始めました
画像:以下記事引用 試作数から「これぞR&D」を感じます! https://t.co/IqcQEh16Nh pic.twitter.com/hcYy28pVph
高温超伝導コイルの研究開発では、京都フュージョニアリング社の他にも、上記のXの投稿にあるフジクラ社や、古河電工社も英国との関わりがあります。

世界最速を目指す英国
これは筆者の所感ですが、英国は自国内の核融合産業化を推し進めると同時に、とにかくスピーディーにプロジェクトを進めることを重視しているように思います。そのため、上記のような日本企業との協業のように、他国企業の技術・製品を導入したり、プロジェクトへの参画を仰ぐことに躊躇がないように見えます。(自国内の産業化を推し進めるだけなら、自国内企業の参入を優遇すればいいので。)
世界で一番早く大規模予算を付けてプロジェクトを起こし、そして成功させることが、英国を核融合産業国として「ブランド化」するために重要だと認識しているのではないかと思います。
今後のプロジェクトの動静は
ここからは、このプロジェクトで注視していくべき点について少しだけ、筆者の思ったこと・考えを自由に書きたいと思います。核融合産業化へ向けて、英国を含む各国が高度な戦略を駆使する中で、そこにどのような狙いがあるのか―。
➤ 以下の記事にまとめてみましたので、興味がある方はどうぞ。

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